お侍様 小劇場

   “それはナイショvv” (お侍 番外編 127)


記録的な事態だらけで大荒れだった冬から、
どこかどさくさ紛れにという感にてバトンタッチを受けた春が、
そちらもやはり色々と半端なく
問題多々ありな始まり方をしたままGWへ突入し。
前半は初夏並み、
その谷間でいきなり“花見どき前”までの気温へ溯り。
例年だとGWに花見が出来るはずの岩手や弘前で、
だってのに ぐんと満開が遅れたり、
五月だというのに雪まで降った北海道では、
せっかくの観光の始まりにとんだケチがついたりと、

 「今年もまた、
  いろいろ振り回されることになるんでしょうかね。」

冬場や春先に頑張ったプリムラやヴィオラの鉢を、
暖かくなり過ぎない休眠地へ整理していた七郎次が。
日蔭のポーチでも暑いものか、
軍手を避けての手首のところで、
小汗で額に張り付く後れ毛を すりと退ければ、

 「……。」
 「あ、すみませんね。」

リビングからそのポーチへと出られる掃き出し窓から、
さっさかと出て来た 次男坊こと久蔵が。
程よく絞った濡れタオルを当てて差し上げ、
きれいなおでこを真ん中から左右へ、
そりゃあ手際よくも、
そおと拭って差し上げる、至れり尽くせりをご披露し。
その様子はまるで、
可憐な金糸雀が二羽、互いを慈しみ合っている姿を思わせる。
とはいっても、印象はまるで異なる彼らで。
七郎次が、金の髪に白皙の頬したその淡い色彩と それから、
目許たわめての微笑みや、
どうかしましたかと目顔で問う折の表情などへ、
線の細さが際立つような、優しい風貌のそのままに、
人へも繊細な気遣いを忘れぬ慈愛の人ならば。
やはり金の髪をし、色白な額や頬に、
玻璃玉のような透き通った双眸まで同じという、
日本人離れした玲瓏透徹な青年であるものの。
久蔵の方は、優しいという印象からは随分と遠く、
気の弱い者ならば視線が合っただけで圧倒されそうなほど、
きりりと冴えた印象の強い風貌をしていて。
そんな風貌から示される気性そのままに、
関心の向かぬものへは完全無視も厭わぬほど、
空気を読めぬのがどうかしたかと言わんばかりに
あくまでも強腰な彼であるのだが、

 「ありがとうございますねvv」

人への気遣いも様になってと、
彼の成長が、そのまま我が喜びのように感じられるのだろう、
向かい合ったままの七郎次が、それはそれはやわらかく頬笑むと、

 「〜〜〜。///////」

えとあの、うにむにと視線が泳いでの、
落ち着きがなくなる幼さ拙さを、
七郎次にだけはご披露してしまうところも相変わらず。
そして、そういうお顔しか知らないせいだろう、
七郎次だけはそんな久蔵を、
なんて朴訥で愛らしい子だろうかと、
いつまでたっても含羞み屋さんなものだから、
そこがいつまでも手をかけたくなるのだと。
やや斜めに思い込み続けていたりするのもまた、

 “道理といや道理というもの、かの。”

初夏というより夏の初めを思わせるほどの陽気の中、
小汗をかいたおっ母様、もとえ兄上と、それを気遣う義弟とを、
こちらはリビングから微笑ましげに見やっていた勘兵衛だが、

 「ほれ、一旦上がって来ぬか。」

この頃合いでもあまり長く外にいると熱中症になってしまうぞと、
こちらも窓辺の上がり框まで出て来て、
いたわるようにお声を掛ければ、

 「あ、はい。」

ほら久蔵殿も、と。
朗らかに微笑って促すところまでは、
長年連れ添っております間柄ならではな余裕たっぷりの、
引用が微妙におかしいかもしれないが、
いかにも“夫唱婦随”の態なのに。
うんと頷いた次男坊が先に立ち、
さっさかと家の中へ上がってしまうのを見送っての さて。

 「………。//////」

窓辺へそのまま立っておいでの御主と目が合った途端、
何を意識したものか、
しみじみと相手を眺めてのこと、
ほわんと目許に赤みが差した七郎次であり。
そんな様子を気に留めてだろ、

 「?? 如何したか?」

すっかりと大おとなな壮年だというに、
んん?と小首を傾げる所作がまた。
年輪を重ねて得たそれなのだろ、
落ち着いた重厚さや、精悍な男臭さをあっさり飛び越してのこと。
すとんと真っ直ぐ、見た者の胸元深くへ素直に飛び込んで来ての、
直接触れてくる懐っこさや温かさをくれるのが、

 「〜〜〜いえあの、///////」

きっと自覚はないのだろうな。
ああでも、だったら何て罪作りなこと。
こういうのも“魔性”の一種じゃあないのかなぁ。
日頃の威容も知っている身の者へ、
こうまで奥行き深いお人から、なのにそれは無造作に、

  ほこりと懐っこくも笑ってもらえるなんて。

こんな自然のお顔や表情、
ほいと親しみもって寄越されたなら、
魅了されるし、誤解だってしかねない。
何だってしますとひざまずくだけで収まらなんだらどうするのかと、
赤らむ頬や、首元などなどへのますますの汗を感じつつ、
動揺しかかる女房殿へ、

 「ほれ、上がって来ぬか。」

勘兵衛から差し伸べられた大ぶりの手へ、
やっとこ はっと我に返ったおっ母様。
どぎまぎしながら作業用の軍手を脱ぐと、
すみませんと手を伸べて、
さして高くもない段差を上がるのへの誘ないに乗っかっていたりする。

  あんまりぐずぐずと時間を取ってると、
  次男坊が焼餅を焼きますよ?(笑)





     ◇◇◇



某有名商社の、
役員づきの秘書室室長などという役職にある勘兵衛なので、
祝祭日ほど レセプションだのイベントだのも多いのに合わせ、
人脈開拓に乗り出した役員たちから、
その即妙洒脱な手腕をと求められもするお人。
供として随行した役づき管理職の方々のみならず、
それぞれの出先から
ヘルプと情報を求めて来られる方々へのフォローもあってのこと、
彼もまた、祝祭日ほど その身を拘束されるのが常なので。
家人らのスケジュールもそれへ倣うのが当たり前のご一家で、
よって、先の連休にもこれといってお出掛けしたワケでないけれど、

 「それでも、
  久蔵殿が都大会の地区予選に出られたの、観に行きましたしね。」

丁度 寒さが戻って来た頃合いだったが、
そんな寒さも何のそので、個人戦の優勝をあっさりともぎ取り、
主将の榊先輩が率いる団体の部と共に、
見事に本戦へ進出したのを見届けもした七郎次であり。

 「この時期という行事は他に何かあったかの?」
 「そうですねぇ。」

剣道部の大会への出場は土曜と日曜のことでしたが、
連休で授業が停まる科目が偏るのを均す意味から、
真ん中とか飛び石状態になる登校日も
部のそれとは別に、学校の行事が組み込まれてもいるはずで。

 「球技大会とか身体測定とかがあったと言ってましたが。」

結果までは話してくれませなんだと、
肩をすくめて苦笑をし。
サイドボードに置かれたコーヒーメイカーのランプが
そろそろ完了という点滅を示したのを拾うと、
勘兵衛と向かい合って座していたソファーから立ち上がる七郎次。
夕食も終え、夜も更けてのこと、
話題に上らせたもう一人の家人は、眠くなるのが早い性分で、
今も既に、早々と二階の自室へ上がってしまっている。
その久蔵だが、
今日が何の日なのかをちゃんと覚えていたようで、
赤いカーネイションと濃緋色のガーベラを芯にし、
かすみ草や芝桜のような小さな花とを寄せ植えにした小さな鉢植え、
そちらはお手製らしいマドレーヌを添えて、
どうぞとプレゼントしてくれて。
サイドボードへ飾ったそれが目に入り、
七郎次がやんわりと青玻璃の目許を細めてしまう。
勇壮に槍を振るう極意も身につけの、
しっかとした四肢をし、その意志も頑迷なほど強い、
歴とした青年に違いないのだが。
何より、久蔵は高校生となるまでを祖父母に育てられた身で、
この自分が
幼いころからあれこれと手を焼き、気を配って育んだとは言えぬ、
単なる親類縁者止まりというそんな間柄でもあるのだが。
こうまで慕ってくれるのはやはり嬉しいし、
いつまでも“いい子いい子”と愛でていたい対象でもあり。

 「やさしい子ですよねぇ。」

愛らしいお花、どんな色がいいかどんな取り合わせがいいかと、
花屋の前で検討していたのだろう姿を想像するだけでも
胸元がきゅううんとするらしい彼なのへ、

 「見た目はおっかないがの。」

度の軽い眼鏡越し、懐ろ辺りへ広げた新聞に眸を通していらした御主は、
ふふんと揶揄するような言いようをするものの。
寡黙なあの子が、そういったことへ ひねこびてのこと背を向けず、
素直にありがとうという意を示せるのは、彼もまた嬉しいのだろう。
形よくほころんだ口元は、
格好だけとは思えぬほどに甘い笑みを浮かべておいでで、

 “素直じゃありませんねぇ。”

父親代わりとして嬉しいのだろうに、
そのような言いようをなさってもうと、
そんな彼へも微笑ましいというお顔になってしまった七郎次が、

 「そうそう。
  来月の衣替えを前に、夏の制服を着てみてもらったのですが。」

育ち盛りの彼なので、ズボンの丈とか腿の周りとか、
寸法が足りなくなっていたら困るだろうと。
早めに手当てをということで、
夏物用のタンスから引っ張り出した開襟シャツとズボンとを、
試しにと着てもらったところが、

 「さすがと言いますか、ズボンがこのくらい短くて。」
 「ほほお。」

人差し指と親指とで、数センチほどの幅を取って見せ。
成長期ですよねぇ、着てみてもらってホントによかったと、
安堵の声を立てるおっ母様が…そのまま くすすと笑ったのが、

 「??」

微妙に意味深な響きの、思い出し笑いのようだったので。
何だどうしたかと、上げた視線で問いかければ、

 「いえ、お背が伸びましたねという話になったのですが。」

ほころぶ口許、隠しもしないで、
自慢の次男坊の可愛いところを紡ぎ始める。

 「すぐにも追い抜かれてしまいますねと言ったところが、
  それは嫌々とお顔を曇らせてしまわれて。」

向かい合っていたそのまま、
こちらの肩へとおでこをぽそんと乗せて来て。
いやいやとかぶりを振った様子が、何とも愛しく。
日に日に頼もしくなられても、
ああまだ幼いのだなと七郎次にしみじみ思わせたらしいのだが、

 「…まあ確かに、
  お主より大きくなっては、ひょいと掻い込んではもらえぬしな。」

お熱はありませぬか?どら、とか。
ああほら、髪がほら跳ねておりますよ、とか。
間合いも何もあったもんじゃなくの、
あっさりと懐ろに掻い込まれ、
そのまま手厚い世話を焼かれておいでの次男坊には違いないと。
日常の風景と化しつつある睦まじさを挙げた勘兵衛の口調が、
ほんの少しほど揶揄の香を居残していたのは、
早よう大人になってもらわねばという意図あってのことと、
そんな風に感じたらしいおっ母様。

 「大丈夫ですよ。」

うふふと甘く微笑んで、スイッチが切れたコーヒーメイカーから、
用意しておいたマグカップへ、二人分のコーヒーをつぎ分けつつの、
伏し目がちなお顔が、何とも柔らかいままだったので。
不覚にもそれへと見とれていた勘兵衛が、
ついつい聞き流しかかった七郎次のお言いようが、

 「私よりも大柄になったとて、
  それならそれで、
  そちらから抱え込んで下さるお人もおりますのにね。」

こんな風に背中を向けていると いつものことですし…なんて。
今日の今宵は立って来られぬ勘兵衛なのへ、
だからこそ挑発にもならぬよう、
さらりと言ってのけた彼だったのだろうが。

 「…七郎次。」
 「はい?」
 「それをあやつに、お主から言うてはならんぞ?」
 「あ、はははい。」

何でだろうか、妙に重苦しい声音になられた御主だったので。
甘やかしてはならぬというクギを刺して来られたのかなぁ、
久蔵殿なら大丈夫なのになぁと。
今一つか二つほど、
真意のほどが判っておいでじゃなかったのもまた いつものことで。

 家事から庭の手入れから、
 様々な管理事務に至るまでを何でもこなせる器用なおっ母様。
 こういうところで天然なことで
 そこいらが相殺されておいでなのかも知れませぬ。
 だとしたら、
 罪なお人だってところは御主といい勝負かも知れず。
 どこかしらを渡る風の尾が、
 庭先の梢をさわわと騒がし鳴らした初夏の宵…。




     〜Fine〜  13.05.12.


  *母の日ですね。
   今年は久蔵さん、剣道の予選とかぶってしまったか、
   支度にという時間が割けなかったらしいです。
   久蔵さんとしては、
   七郎次さんをいつまでも“おっ母様”として好き好きなんですのに、
   勘兵衛様には 時折危機感も煽られるみたいで。
   大人げないのか、それともそれだけシチさんが魅力的なのか。
   どっちにしてもどうか仲良くね?

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